半年かけて観る物語の価値
2018年9月25日
おはようございます。玉川一郎です。
平成30年9月25日の火曜日。曇り空で街が灰色です。
朝ドラ『半分、青い』いよいよ最終週です。これまでの無軌道な自由さが終わり、徐々に収束への不自由さを感じさせる展開。今朝の回も辛かったです。
今回の朝ドラは凄いです。私は『あまちゃん』から観るようになりました。
今までのベストは『ごちそうさん』『ひよっこ』『あさが来た』でしたが、きっとその中に食い込んでくる傑作です。
興味深いのは、ネットの評判が悪いことです。たまに評価する書き込みがあると、関係者と決めつけて攻撃されます。
私が感じるのは、世の中に蔓延する人格に対する不寛容さです。自分の認めない人格に関しては、何を言っても、何をやっても認めない。
それは物語を知らないからではないかと思うのです。
講座中に映画や小説の話題を出そうとしても、観ている人、読んでいる人が少ない。話が通じない。
話題作、ヒット映画でも観ている人がなんと少ないことか。
物語は抽象化の世界です。具体的な皮膚感覚を離れ、物事を端的に取り扱う。
それをメタファー、比喩表現として、現実世界と照らし合わせて見たときに、表面的に視えないものが観えてきます。
『半分、青い』はそれが極端。奇抜に視える登場人物の行動が、実は人間の弱さ、成長のタイミング、それらの人間理解の基盤の上に構築されている。
わかりやすいテレビ番組、数秒しか見ないネットニュース、数分しか見ないネット動画に慣らされると、人間が観えなくなる。
だから映画。だから小説。そして半年かけた朝ドラは、観ていない人、読んでいない人とは観える世界が違うのです。
今週は半年かけて見てきたご褒美として、その結末をしっかり味わいます。
さて、これから毎週恒例のボウリング。身体感覚を喜ばせてきます。
今日も一日よろしくお願いします。
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