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イデオンに学ぶコミュニケーション 第5話『無限力・イデ伝説』

2014/08/04

おはようございます。

今朝はちょっとお酒が残っています。昨晩は父と姉、嫁さんと近くの串揚げ屋さんで食事し、スナックで家族カラオケ。家族団らんを楽しみましたが、結構お酒のんだかな?

先週末は幸手のホテル・グリーンコアでLLP(ライフ・ロジック・パートナー)合宿。今年リリースされるベーシック講座、マイヒストリー講座、パートナーシップ講座、ライフデザイン講座について学びを深めました。

というわけで昨日は早朝アニメお休み。今日から再開です。

 

今朝は伝説巨神イデオン第5話『無限力・イデ伝説』。いよいよメイン・テーマ、謎のエネルギー「イデ」について語られます。

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  • 戦闘中に突如、勝手に亜空間飛行(デスドライブ)に入ったソロシップ。亜空間の先は、元のソロ星だった。

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  • アバデデは陽動攻撃を行いギジェにカララ救出に向かわせる。

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  • ギジェはカララに接触するがベスたちに捕らえられ尋問を受ける。そこでついにカララの口からイデについて語られる。

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  • バッフクランには太古からの伝説があった。怪獣にさらわれた女王を救うべく英雄が立ち上がる。イデの果物の力で英雄は怪獣を倒し、女王と結ばれる。

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  • そのイデの実在を示す証拠が見つかり、ギジェたちはそれをたどってソロ星にやってきたという。ベスたちは馬鹿げた話で肉親を殺されたと怒りをギジェにぶつける。

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  • ダミドがソロシップとイデオンを攻撃。その隙にギジェは逃亡するが、カララはマヤヤに命じて無条件停戦のシグナルを上げさせた。

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ここに来てようやく物語は動き出し、2つの文明はコミュニケーションを図ろうとします。コスモやカーシャ、ベスはバッフクランを殺人者として告発、ギジェはソロ星の人々を好戦的な種族と断定。お互いが双方を敵と認識する中で、カララだけは「きっと分かり合えるはず」と停戦させます。

異文明間のコミュニケーションを描くという作者、富野監督の意図はよくわかります。しかしおそらく視聴者にはほとんどその意図が伝わってこないでしょう。それは登場人物に対する違和感です。

 

 

コミュニケーションにおいて重要な要素に、言葉、態度、行動があります。異星人を敵視するギジェはカララを救い出そうとするが、カララはそれを拒み相互理解を求めて停戦のシグナルを上げる。その行動が今回のドラマを作っています。

しかし言葉がおかしい。コスモがカララのイデの物語をおかしくてたまらないという感じで嘲笑した直後、キッとなってギジェたちに激怒する。笑いと激怒がつながらないのです。

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笑いの中に激怒があるのが口調に出てこない。だから2つの感情が一人の中の分裂したパーソナリティーにしか感じられず、異常に思える。そして態度、つまり映像がおかしい。笑いはただ笑い、激怒はただ激怒、それをステレオタイプ、典型的パターンで描くだけ。それは別々のシーンにしか見えません。

このように、言葉と態度に一貫性が見えないので、登場人物に納得感がない。感情移入できないのです。

 

 

この前の作品、機動戦士ガンダムでは、セリフ回し、言い方、作画が渾然一体となって登場人物の一人一人が名優の演技のように見えていました。もちろんそれは最初からではなく、徐々にそのような表現を手に入れていったわけです。おそらく富野監督はその時の感覚が抜け切れない。まだ作品を理解せず、思ったとおりの表現力を持たないスタッフで同じことをやろうとしている。あまりにもったいない。

伝えたいことがあるなら、まずは伝えるための表現力が必要。表現力は、 言葉の内容、言い方、態度によって得られる。それはどれかが突出していてもダメで、全体の一貫性が求められます。

イデオンではこの後、特に終盤、そして劇場版でとんでもない表現力を身につけていきます。それは序盤からその高いレベルの表現力を求め、試行錯誤を繰り返していったことによって、ようやく得られたものです。

作者の意図ではないでしょうが、この序盤とのコントラストがそれを引き立てているのが皮肉ですね。

 

<今日の学び>

思ったことを伝えるためには表現力が必要。

表現力を支えるのは言葉の内容、言い方、態度とその一貫性。

しかし一番大切なのは伝えようという意思。

 

『伝説巨神イデオン』(c)東急エージェンシー・サンライズ