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イデオンに学ぶコミュニケーション 序章『なぜイデオンなのか』

2014/07/29

おはようございます。今朝はいつもの通り5時半に目が覚めたのですが、なにか気持ちがスッキリしません。そう、ガンダムの連続視聴が昨日で終わったからです。それはあたかも、学校を卒業した翌朝、昨日まで通っていた校舎にもう行く必要がないと気付き、何をしたらいいか戸惑っているのと同じような気分です。

本当はガンダムの後は『伝説巨神イデオン』を全話見ることに決めていました。でも見始めたら、やはり39話と劇場版と、1ヶ月半は見続けることになります。始めたら戻れない。決断の迷いです。

起きてから10分位ぼんやりしていたのですが、ようやく決心してイデオンのブルーレイを本棚から出して、プレーヤーに入れて、再生オン。ああ、とうとう始まってしまいました。

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伝説巨神イデオンとは富野喜幸がガンダムの後に監督した作品。1980年1月にガンダムが打ち切りになり、その直後、同じ年の5月から東京12チャンネル(現・テレビ東京)系列で放映されました。

「伝説巨神イデオン記録全集」に収録されている企画書に、この作品の狙いが次のように書かれています。

「この作品は、あくまで明るさと明快なアクションを中心に、様々な要素の楽しさを盛り込むことを意図して企画されました。人間的ドラマの魅力を持ちながら決して陰々滅々とした隊員ものではない“イデオン”の世界は、ドラマターゲットであるミドルティーンに対して、十二分にアピールする作品となるでしょう」

それはまったくの嘘でした。ガンダムは序盤だけ引きこもりのアムロを描いていましたが、イデオンこそ陰々滅々の人間ドラマの極致。ほとんどすべての回で見ていて逃げ出したくなるような相互批判、非難の応酬です。

そこに描かれている愛憎劇、そしてリアルに描写される死の瞬間(死体の足がカエルのようにピクン、散弾で蜂の巣になる顔面、幼児の頭がバズーカ砲で吹っ飛ぶ)は、ミドルティーンには絶対見せられないものでした。

私は当時、高校2年生。1年の時に放送されていたガンダムを友人が見ろっていうから、どんなものかと思って初めて観たのが最終話『脱出』。そりゃ最後だけ観たってわかるもんじゃありませんし、『宇宙戦艦ヤマト愛の戦士たち』に比べたら作画レベルも低く、ぜんぜん興味が湧きませんでした。

同じ作者がまたアニメを始めるっていうことで、今度は最初から観たのがこの作品です。以来現在に至るまで、記憶の中ではこれを上回るアニメを観たことがありません。1日に1度は必ずイデオンのBGMが脳内を巡っています。

ただ、それは美しき記憶。実はそれほどのものでなかったと気づくのが怖かった。今日から見始めることを躊躇したのはそれが理由でした。

今日、第1話を見て、それが杞憂であったことがわかりました。最初から凄いです。ガンダムとはわけが違う。一言一言、感情を逆なでされるような感覚は、やばいです。

ガンダムは群像劇として、チームの働き方とリーダーのあり方がビジネスの参考になると思って、「ガンダムでビジネスを学ぶ」シリーズにしてきました。

イデオンでは悩む。イデオンで学ぶ人の死?人間の業?人間学?人間関係?いろいろ考えていましたが、今朝見てわかりました。イデオンは異星人同士のファーストコンタクトから始まり、まったく違う立場の人たちがぶつかり合い、姉妹が、親子がいがみ合い、執着と人の理想の間で揺れる物語。そう、これはコミュニケーションのアニメなのです。

というわけで明日から39話プラス劇場版になった4話を加えて、ガンダムと同じ43日間、「イデオンに学ぶコミュニケーション」ブログを始めることとします。またお付き合いのほどよろしくお願いします。